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記録して初めて気づいた「自分の傾向」

自分のことは自分が一番わかっていると思っていた。でも記録を続けてみたら、知らなかった傾向が見えてきた。自己理解と記録の関係を体験談でお届け。

マインド
2026年1月16日·3分で読めます

自分のことは、自分が一番わかっている。

そう思っていた。

でも実際に記録を取り始めてみたら、想像と全然違う自分がそこにいた。


思い込んでいた「自分像」

私は自分のことを「朝型人間」だと思い込んでいた。

早起きできた日は調子がいい。だから自分は朝型なんだ、と。

でも実際に1ヶ月記録を取ってみたら、早起きできた日は月にたった4日だけ。しかも調子がいいと感じた日は、起床時間とほとんど関係なかった。

調子の良し悪しを左右していたのは、睡眠時間の長さだった。

朝型かどうかではなく、単純に7時間以上寝た日は調子がいい。何時に起きても。

記録がなければ、ずっと「早起きできない自分はダメだ」と思い続けていたと思う。


記憶は信用できない

人間の記憶は、思った以上にあてにならない。

印象的な出来事ばかり覚えていて、日常の小さなことは忘れる。そして都合よく「自分はこういう人間だ」というストーリーを作ってしまう。

記録は、そのバイアスを外してくれる。

「先週は忙しくて全然運動できなかった」と思っていても、実際に見返すと週2回はできていた、なんてこともある。

逆もまた然り。

「今月は調子良かった」と思っていたら、実は前半は結構しんどかった、とか。


見えてきたパターン

記録を続けていると、自分のパターンが見えてくる。

私の場合はこんな感じだった:

  • 水曜日になると調子が落ちやすい(週の真ん中で疲れが出る)
  • 雨の日は気分が下がる
  • 人と会った翌日は疲れやすい

どれも言われてみれば「まあそうかも」という程度。でも記録を見るまで、はっきり認識できていなかった。

パターンがわかると、対策も打てる。

水曜は無理しない。雨の日は自分に優しくする。人と会った翌日は予定を詰めない。

記録は、自分の取扱説明書を作る作業なのかもしれない。


完璧に記録しなくていい

こう書くと「毎日きっちり記録しなきゃ」と思うかもしれない。

でもそんなことはない。

私の記録も、抜けている日はたくさんある。それでもパターンは見えてくる。完璧なデータなんて必要ない。

なんとなくの傾向がわかれば、それでいい。

記録は義務じゃない。自分を知るための道具。

使いたいときに使えばいい。


まとめ

自分のことを知っているつもりでも、案外わかっていないことは多い。

記録は、その「つもり」と「実際」のギャップを見せてくれる。

別に大発見がなくてもいい。「へえ、自分ってこうなんだ」と思える瞬間があれば、それだけで記録の価値はある。

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