「また今日もできなかった」 「こんな数字じゃダメだ」 「サボってしまった」
記録を見返すたびに、自分を責めてしまう。そんな経験はないだろうか。
本来、記録は自分を責めるためのものじゃない。でも、いつの間にか「反省材料」になってしまうことがある。
なぜ記録で自分を責めてしまうのか
記録は「事実」を映し出す。
睡眠時間が短い日、運動をサボった日、調子が悪かった日。数字やデータは嘘をつかない。
その事実を見たとき、「もっとこうすべきだった」という気持ちが湧いてくる。
でも、記録の役割は「責める材料を集める」ことじゃない。
記録は「観察」のためにある
記録の本当の役割は観察。
- この時期は調子が落ちやすいんだな
- 睡眠が短いと翌日に影響するんだな
- 週末は気分が上がる傾向があるな
良いも悪いもなく、ただパターンを知る。科学者が実験データを見るように、淡々と眺める。
「ダメだった」じゃなく「こうだった」。評価じゃなく観察。
自分を責めないためのコツ
記録項目から「良い/悪い」の判断を外す。
たとえば「運動した/しなかった」だと、しなかった日が「悪い」に見える。
代わりに「今日の活動量」として、低/中/高で記録する。低い日があっても、それは事実であって失敗じゃない。
過去の記録を見返すときも、「反省点を探す」モードじゃなく「パターンを探す」モードで見る。
調子が悪い時期があったとしても、「へえ、この頃は調子悪かったんだな」で終わり。責める必要はない。
記録は味方
記録は自分を責める敵じゃなく、自分を知るための味方。
つらいときは「つらい」と記録する。それは「ダメだった証拠」じゃなく「つらかったという事実」。
事実を受け止めるだけでいい。変えようとしなくていい。ただ、そうだったんだな、と。
そうやって自分を責めずに記録を続けていると、不思議と少しずつ変化が見えてくる。
記録は自分を責めるためじゃなく、自分を知るためにある。
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