日曜の夕方、布団の中で
あの日も、何もできなかった。
土曜の夜に「明日こそは」と思って寝た。朝起きて、少しスマホを見て、気づいたら昼。昼ごはんを食べて、また横になって、気づいたら夕方。
窓の外が暗くなっていくのを見ながら、また自分を責めていた。
「なんで動けないんだろう」 「みんなは休日を有意義に過ごしているのに」 「こんな自分、ダメだ」
その繰り返しだった。
限界が来た
ある時期、本当に動けなくなった。
仕事には行ける。でも帰ってきたら何もできない。ごはんを作る気力がない。シャワーを浴びるのすら面倒。休日は寝て終わる。
「怠けてるだけだ」と自分を叱った。でも、叱っても動けない。むしろ余計に動けなくなる。
そのうち、「頑張れない自分」を責めることに疲れてきた。
ある言葉に出会った
そんなとき、ネットで見かけた言葉があった。
「頑張れないのは、すでに頑張りすぎているから」
最初は、言い訳みたいだと思った。でも、少し考えてみた。
朝起きて、満員電車に乗って、仕事して、人と話して、気を遣って、帰ってくる。これだけで、実はけっこう「頑張っている」んじゃないか。
普通に生活しているだけで、エネルギーを使っている。それなのに「休日に何もできなかった」と責めるのは、フルマラソンを走った人に「なんで走り終わったあとに筋トレしないの?」と言うようなものかもしれない。
「頑張らない」を許可した
それから、少しずつ考え方を変えた。
休日に何もしなくても、責めない。「今日は休む日」と決めて、本当に休む。何も生産しなくていい。回復することが、その日の仕事。
不思議なことに、そう思えるようになってから、逆に動けるようになった。
「やらなきゃ」というプレッシャーがなくなったら、「やってもいいかな」という気持ちが出てきた。
今の自分
今でも、何もできない日はある。
でも、それを「ダメな日」とは思わなくなった。「休息が必要な日」だったんだと思える。
頑張れない自分を責め続けるより、許すほうが結果的にうまくいく。
これは甘えじゃない。自分との付き合い方を学んだだけ。
もし今、頑張れない自分を責めているなら。
それは、すでに十分頑張っているサインかもしれません。