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頑張れない自分を許せるようになった話

ずっと自分を責めていた。でも「頑張れない」には理由があった。

2025年1月13日·2分で読めます

日曜の夕方、布団の中で

あの日も、何もできなかった。

土曜の夜に「明日こそは」と思って寝た。朝起きて、少しスマホを見て、気づいたら昼。昼ごはんを食べて、また横になって、気づいたら夕方。

窓の外が暗くなっていくのを見ながら、また自分を責めていた。

「なんで動けないんだろう」 「みんなは休日を有意義に過ごしているのに」 「こんな自分、ダメだ」

その繰り返しだった。

限界が来た

ある時期、本当に動けなくなった。

仕事には行ける。でも帰ってきたら何もできない。ごはんを作る気力がない。シャワーを浴びるのすら面倒。休日は寝て終わる。

「怠けてるだけだ」と自分を叱った。でも、叱っても動けない。むしろ余計に動けなくなる。

そのうち、「頑張れない自分」を責めることに疲れてきた。

ある言葉に出会った

そんなとき、ネットで見かけた言葉があった。

「頑張れないのは、すでに頑張りすぎているから」

最初は、言い訳みたいだと思った。でも、少し考えてみた。

朝起きて、満員電車に乗って、仕事して、人と話して、気を遣って、帰ってくる。これだけで、実はけっこう「頑張っている」んじゃないか。

普通に生活しているだけで、エネルギーを使っている。それなのに「休日に何もできなかった」と責めるのは、フルマラソンを走った人に「なんで走り終わったあとに筋トレしないの?」と言うようなものかもしれない。

「頑張らない」を許可した

それから、少しずつ考え方を変えた。

休日に何もしなくても、責めない。「今日は休む日」と決めて、本当に休む。何も生産しなくていい。回復することが、その日の仕事。

不思議なことに、そう思えるようになってから、逆に動けるようになった。

「やらなきゃ」というプレッシャーがなくなったら、「やってもいいかな」という気持ちが出てきた。

今の自分

今でも、何もできない日はある。

でも、それを「ダメな日」とは思わなくなった。「休息が必要な日」だったんだと思える。

頑張れない自分を責め続けるより、許すほうが結果的にうまくいく。

これは甘えじゃない。自分との付き合い方を学んだだけ。


もし今、頑張れない自分を責めているなら。

それは、すでに十分頑張っているサインかもしれません。

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