同じ坂を、また登った。
去年より楽になった気がする。でも、本当に楽になったのか、それとも今日たまたま調子がよかっただけなのか。確かめるすべがない。
「速くなった気がする」は、いちばん嬉しくて、いちばん当てにならない感覚だ。
体感は、わりとあっさり裏切る
心拍が上がっている最中の自分の判断は、思っているほど正確じゃない。
きつい日は実際より遅く感じるし、気分がいい日は実際より速く感じる。だから「最近調子いい」も「最近落ちてる」も、体感だけだとブレる。気温や睡眠や前日の疲れに、簡単に持っていかれてしまう。
ここで効いてくるのが、数字だ。距離、時間、心拍、コース。淡々と残った記録は、機嫌で揺れない。「今日の自分」ではなく「積み重ねた自分」を見せてくれる。
まず残すと効くのは、この組み合わせ
走行記録というと項目が無限にありそうだけど、変化を読むために最低限ほしいのはここ。
- 距離と所要時間(平均速度がここから出る)
- そのときの心拍(平均と、できれば最大)
- 走ったコース
速度だけ見ても、追い風だったのか向かい風だったのかで意味が変わる。そこに心拍が並ぶと、話が立体的になる。
「同じ平均速度なのに、心拍が10下がっている」
これは紛れもなく、心肺が強くなったサイン。体感では絶対に拾えない変化が、数字だと一行で出てくる。
同じコースを「定点」にする
データの説得力を一気に上げる小ワザがある。お気に入りのコースを一本、定点観測用に決めてしまうこと。
毎回コースが違うと、速くなったのか、ただ平坦な日だったのか切り分けられない。条件をそろえた同じコースを月に一度でも走れば、そこが自分の物差しになる。
たとえば、いつもの周回コース。
| 時期 | 平均速度 | 平均心拍 |
|---|---|---|
| 3ヶ月前 | 28km/h | 158 |
| 先月 | 30km/h | 155 |
| 今月 | 31km/h | 150 |
速度が上がって、心拍が下がっている。これが並んだとき、「気がする」がはっきりした事実に変わる。
心拍は、頑張りすぎの抑止にもなる
記録は前に進むためだけのものじゃない。
毎回、心拍を上限近くまで追い込んでいるなら、それは伸びる練習というより、ただ削っているだけかもしれない。逆に、ずっと楽なゾーンで流しているだけだと、なかなか変わらない。
過去の記録を眺めると、自分の練習がどこに偏っているかが見える。きつい日と楽な日のバランス。週にどれくらい乗れているか。なんとなくの感覚を、数字が補正してくれる。
落ちている時期も、ちゃんと見える
これは少し苦い話。
記録をつけていると、調子が落ちている時期もごまかせなくなる。同じコースで心拍が上がり、速度が落ちている。見たくない数字だ。
でも、それが早めに見えるのは悪いことじゃない。疲れが溜まっているサインかもしれないし、休むタイミングを教えてくれているのかもしれない。落ちているという事実を知ってから休むのと、なんとなく不調なまま乗り続けるのとでは、回復までの道のりがだいぶ違う。
だから、軽く残し続けるのがいちばん効く
数字の価値は、一回ぶんにはほとんどない。
距離も心拍も、一回だけ見ても「ふーん」で終わる。価値が生まれるのは、それが何ヶ月か並んで、線として動き出したとき。だから大事なのは、精密に測ることより、途切れずに残し続けることのほうだ。
サイコンのデータをぜんぶ転記しよう、なんて気合いを入れると、まず続かない。距離を入れて、心拍を入れて、コースを選ぶ。それくらいの軽さでちょうどいい。
ロードバイクは、自分の変化が地味で見えにくい趣味だと思う。筋トレみたいに重量が増えるわけでもないし、坂を登り切った達成感は、翌週には薄れている。
だからこそ、数字を残しておく意味がある。選ぶだけ・打ち込むだけで10秒くらいで終わる記録のしかたなら、ライドのあとのへとへとな状態でも続けられる。趣味の記録アプリ「コンセキ」は、距離や心拍を数字で、コースを選択式で残すような使い方に向いている。
半年後、同じ坂を登ったとき。「楽になった気がする」を、記録がそっと裏づけてくれる。その一行は、なかなか効く。
この記事をシェア