教室の棚から、焼き上がったばかりのマグカップを受け取った。
予想と全然ちがう色だった。
狙ったのは深い青。出てきたのは、くすんだ緑。
「あれ、なんでだろう」
先生に聞いても、自分でもどんな釉薬をどれくらい掛けたか、もう思い出せない。
「いい感じ」が再現できない夜
陶芸を始めて一年くらい。
たまに、自分でもびっくりするくらい良いものが焼き上がる日がある。釉薬の濃淡、土の質感、すべてがハマったやつ。
でも、次に同じものを作ろうとすると、まったく同じにはならない。
なんとなく土をこねて、なんとなく釉薬を掛けて、窯にお任せ。出てきたものを見て一喜一憂する。それはそれで陶芸の醍醐味なんだけど、あの最高の一個を二度と作れないのは、地味に悔しかった。
頭の中だけで「たしか前は青の釉薬を厚めに……」と思い返しても、記憶はあてにならない。三回前の作品なんて、もう霧の向こうだ。
焼く前に、一行だけ残してみた
きっかけは、ちょっとした思いつきだった。
窯に入れる前に、その作品のことをスマホにサッと残してみよう、と。
文章で書くと続かないのは目に見えていたので、選ぶだけ・数字だけにした。
| 項目 | 入力 |
|---|---|
| 土の種類 | 選択(赤土・白土・磁器土…) |
| 釉薬 | 選択 |
| 釉薬の厚み | 3段階 |
| 焼成温度 | 数値 |
ろくろの前で粘土まみれの手をエプロンで拭いて、十数秒でポチポチ。これくらいなら、作業の流れを止めずにできた。
焼き上がったあとに、満足度を星でつける。良ければ写真を一枚そえる。やったのはそれだけ。
結果がつながり始めた
記録が十個、二十個と溜まってきたとき、面白いことが起きた。
過去の記録を見返すと、あのくすんだ緑になった日は、釉薬を「薄め」で掛けていたとわかった。狙いどおりの青が出た日は、ぜんぶ「厚め」。
掛ける厚みで色が変わる。教室で何度も教わっていたことだけど、自分の記録で目の前に並ぶと、ようやく腹に落ちた。
土と釉薬の相性も見えてきた。白土に同じ釉薬を掛けたときと、赤土に掛けたときでは、発色がまるで違う。記録があると、その違いがはっきり比べられる。
「次はこの組み合わせを厚めで」と、狙って作れるようになった。お任せだった陶芸が、少しずつ自分のコントロール下に入ってくる感覚。これがたまらなく楽しい。
失敗も、宝物になった
変わったのは、失敗との付き合い方だ。
以前は、思いどおりにならない作品は「ハズレ」だった。がっかりして、棚の奥にしまって忘れる。
いまは違う。うまくいかなかった作品ほど、記録を見てニヤニヤする。
「ああ、このとき温度を上げすぎたのか」 「この土でこの釉薬は、こうなるのか」
失敗が、次への手がかりになる。データが一つ増えた、というだけのこと。そう思えると、窯から出てくる瞬間のドキドキも、前より楽しめるようになった。
棚に並ぶ自分の作品を眺めながら、記録をスクロールする。土をこねた手の感覚や、その日の教室の空気まで、なんとなく蘇ってくる。作品そのものだけじゃなく、作っていた時間ごと残っている感じがする。
もし、何かを作る人なら
陶芸にかぎった話じゃないと思う。
何かを手で作る趣味には、たいてい「条件」と「結果」がある。素材、温度、時間、配合。それと、出来上がったものの良し悪し。
その二つをつないでおくだけで、偶然だった成功が、だんだん狙えるものに変わっていく。
趣味記録アプリのコンセキは、こういう記録に向いている。土の種類は選ぶだけ、温度は数字を入れるだけ。粘土で汚れた手でも、焼く前のほんの十秒で残せる。集計や比較は、あとからアプリが見せてくれる。
次に何かを焼くとき、窯に入れる前にひとつだけ選んでおく。それだけで、あなたの「いい感じ」は、いつか狙って出せるものになるかもしれない。
その一個を、もう一度作れる喜び。記録は、そこへの近道だった。
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